結婚指輪をください

2017年24歳になります。

何でそんなに女性ホルモン保てるの?

「何でそんなに女性ホルモン保てるの?」

 

と言われました。

 

友達と食事をしていて恋愛の話になった時のこと。友達は彼氏はいないものの、多くの男性とデートをしたり、肉体的関係になったりしてます。彼女曰く「男とのイベントがあるから女で居られる」と。それに引き換え、院生になって早2年。特に男性とのイベントが起きていないと認識されているわたくし。なのに何故、そんなに女の子っぽくいられるの?と。

 

確かに、客観的に見ても、この大学だと女の子っぽさは上位だと自負してる。メイク、服装、髪型、ネイル、全てに気を使っていると思う。でもそれが大学(学部時の大学)では当たり前だったし、今更面倒だとも思ってない。彼女の質問は、男の目がないのに、どうしてそこまでするの?って意味が全体を占めてるとは思うんだけど、むしろ、男の目があるからここまで毎日きちんと女子してるんだよって思う。特別なイベントなんてなくても、毎日きちんとする事が「女の子」っぽさのファーストステップだと私は思っていて。

 

その友達は男性とのデートがなければ化粧水とか付けるの忘れる、って言っていて。とてつもなく驚いた。自分が可愛くなる事、綺麗になることに興味がないってこと?正直、初めて出会った考え方で驚いた。私の周りにいかにキラキラ女子が多かったか思い知らされました。それと同時に、そんなキラキラ女子に囲まれた学部時代を過ごせて幸せだと思いました。完全に個人の価値観丸出しだけど。

 

自分の恋愛は基本的に言わない人間だから、周りに「本当に何にもないの?」って言われて「なさすぎてまるで砂漠」って言ってるけど、そこそこあるよ、正直。言わないだけで。友達の恋愛話聞くのは本当に好きだし、一緒に考えたりするのも全然苦じゃない。相談ウェルカムなんだけど、自分の恋愛はなかなか言えない。2017年は7人の人とデートをしたし回数も重ねたし、それなりに楽しんだけどそれを言う気にはなれない。何でだろう。自分の恋愛は自分の中で終結させたい。

 

男の子の目があるから女の子っぽくいられるのは間違いない。でもそれ以上に化粧品とかヘアアレンジが好きって言うのが強い気がする。女の子に生まれた以上、女の子を楽しむべき!って思っていて。だから女性ホルモンを保てているんじゃないかな、と思う。

 

 

 

 

全くモテないけどな!!!!

 

 

 

 

あざっす。

 

 

羽柴ねね

 

「院生」という時期

 

私は「院生」である。2017年4月でM2になる。「院生」である今の時期を尊く思っている。かけがえのない、とても大切な時期だと思っている。

 

けれど、世間の印象はどうやら異なるらしい。

「何をしてるの?」と聞かれ、「院生です」と言った時、

 

・2年間余分に遊んでるんだね

・親のすねかじってるんだね

・毎日暇なんだね

・遊んでその後いいお給料もらえるのはいいね

・女の子なのに進学したんだね

 

との言葉を投げかけてくる人が多い。

 

それに対し、反抗する気も起きず「そうですね〜」「そうなんですよ〜バレちゃってますね(笑)」と答えている。めんどくさい。ただ、めんどくさいのだ。そのような印象を抱いている人々に対して、「実は」話をしても信じてもらえないことが多い。笑顔で済ますことを一番に考えてしまう。

 

「2年間余分に遊んでるんだね」と言ってくる人には、馬鹿を言いなさるな、と言いたい。遊んでいない。データ処理に論文に、レポートに追われている。確かに、社会人と比較すれば「遊んでいる」との印象は受けやすいかもしれない。身分は学生なのだから。しかし、「遊んで」はいない。論文を読み、書き、数字と戦い、統計をかけ、指導教官に「違う。もう一回考え直せ」「何が言いたいのか分からない」「このテーマは学部生だって出来る」「研究マインドが足りない」「研究って何だか分かってるのか」など日々フィードバックをいただいている。くそう、と思いながら日々闘っているのだ。決して「遊んで」はいない。

 

「親のすねかじってるんだね」と言ってくる人には、そうです!と胸を張って言いたい。親のすねをかじっています!間違いありません!だからこそ、とても両親に感謝している。それだけの資金があるから大学院で学んでいるのだ。もちろん、家賃や学費、自分で出している院生もいる。だから、誰もが親のすねをかじっているとは思われたくはない。先ほども述べたが、親のすねをかじっていることは間違いない。ただ、我が家にはそれだけの資金があり、娘を大学院に行かせても生活に全く困らない家庭なのだ。親も納得している。それなのに、なぜ外野から「親のすねをかじっている奴」として見られなければいけないのか。外野には全く関係のないことである。要するに、黙れ。

 

「毎日暇なんだね」と言ってくる人には、心から反論したい。暇じゃねえわ。決して暇ではない。先ほども述べたが、課題や論文を書いたりしており暇ではない。教授の手伝いもある。社会人が土日があるように、院生にも土日がある。暇な時ももちろんある。だが、「毎日暇」ではない。教授の講演会や、学会に行くこともある。土日がないことも、院生室にこもる時も多くある。ただ、学部生の延長として院生を考えて「毎日暇」としているのなら、学部生と院生は別物だと考えて欲しい。

 

「遊んでいてその後いいお給料もらえるのはいいね」と言ってくる人には、いいでしょう!ねえ!いいでしょう!と自慢げに言いたい。ただ、前半の「遊んでいて」という所には反論したい。何度も何度も述べているように、日々遊んではいない。研究を、勉強をしているのだ。その対価として、卒業後いいお給料をいただくことが出来るのだ。私の就職先では大卒と院卒では初任給が2万円ちょっと異なる。月々2万円多いのは生涯年収で考えると大きな差である。ただ、その分学んだのだ。専門知識を、理論を、そして応用を学んだのだ。その対価がお給料である。そんなに皮肉るのなら、院卒になったらどうだ!と言いたい。いいお給料いただいて何が悪い。

 

「女の子なのに進学したんだね」と言ってくる人には、ダメですか?と質問したい。女の子が大学院に行き、学びを深めては、研究をしてはいけないのですか。私は、学歴は武器であると考えている。自分を守り、自分の価値を高めてくれるものだ。学歴は男性のものだけではない。女性だって学を積んでいい。世は平成である。学歴だって一種の資格だ。大学院卒業という資格を持つことで世界が広がる。thank you, 院!

 

 

大学院生であることを私は誇りに思う。2年間自分の興味ある分野で学べることを大変嬉しく思う。この人生で良かったと心から思う。院生は遊んでるだなんて、言って欲しくない。頑張っている院生は多くいる。私の周りには、そんな研究熱心な院生が沢山いる。そんな姿を見て、まだまだだなあと感じることが多い。頑張ろうと、思わせてくれるのだ。

 

「院生は遊んでる」と言われる度に、頑張っている仲間のことが頭をよぎる。訂正したくても、何度も何度も「遊んでる」と言われ訂正する気が無くなってきたのが事実である。そう思っててください、どうぞどうぞ、と思ってしまう。どうせ言っても伝わらないんだろうなあ、と思ってしまう。

 

だから、せめて、blogという不特定多数が見る場で言わせて欲しい。

 

院生は遊んでなんかいない。毎日暇なんかじゃない。

 

少しでも院生を見る目が変わってくれたらいいなと思います。

 

 

羽柴ねね